拍手がなければ海の藻屑

いかにドラマティックに脱衣するかを追求していくTuna Mermaid(トゥナ・マーメイド)の情報と文章。

バーレスクは水商売なのかサブカルなのか問題、からの私個人の反省と課題(1月21日追記)

 前回のでキレイかブスかって話を延々としてたのでその基準は一体何だ、ってなった人いると思うんですけど、ネット民の意識は「橋本環奈ちゃん未満は全員ブス」です。わかってるよ、異論しかないよ。これからまたバーレスクの話しますけど、自分が見に行ったものの話からの自分の話です。ものすごくたくさん見てるわけではないけど全然見てない人よりはちょっとは見てるぐらいの、初心者の語るものだと思って読んで下さい。たぶん突っ込みどころしかないけど、でも詳しい人以外が書いちゃいけないというのもハードル高くするばかりだと思うので知ってる範囲で書いてみます。たたき台になるといいなと思います。タイトルはバーレスクは水商売なのかサブカルなのかですけど、サブカルがこの世にあって私は幸せですって話を主にしてます。

 

 --------------★追記:あまりに長いので4項でまとめ★ -------------

[1]
ここ1~2年観察してて、みんなが楽しめるバーレスクと、一部の人に楽しいけど他の人にはよくわからないバーレスクがあるように思う

[2]
・たくさんの人が楽しめる方向では、クオリティが高くなればなるほどもっと広く深く伝わる

   →支持する人も増えるのでビジネスとして成立する
・ニッチ層狙う方向だと、どんなにクオリティ上げても支持する人はそこまで増えない

   →ビジネスとして最初から成立しない

[3]
だから稼げてない人みんながアマチュアなわけじゃない!(←重要!) でもどう見てもアマチュア素人芸なものであっても、それはそれで価値はあると思います。

[4]
私は一部の人にだけ向けて作るつもりだから、お金の話をされるととても辛い。確かに今はニッチ受けだわクオリティ低いわが重なった素人芸ではあるけど、少なくともクオリティ上げる意思だけはある。もちろんつまんないものにお金取られた!な人には申し訳ないと思っているし何とかしたい(解決策:棲み分け?)。でも絶対ビジネスにならないのは知ってるしそれでいいと思ってます大丈夫ですごめんなさい。

 --------------★追記おわり(1月21日)★ -------------

 

 バーレスクが見られるのはだいたい夜です。お酒片手にヒューヒュー言いながら見るものだからです。で、見てるとなんとなく、いわゆる飲み屋さんっぽいとこでやってるのと、サブカルチャーイベントっぽい雰囲気のにふんわり分かれてるのを感じます。で、「どっちがバーレスクなの?」ってなります。個人的な意見ですけど結論は一言で、どっちもバーレスクだよね、って思ってます。もちろん異論ある人多いんだろうとは思います。ただ、どっちも好きな人もいるけどどっちかしか好きじゃない人もたぶんどっちも好きじゃない人もいるので、来た人が好きなものを見られて好きじゃないものを見ないで済むようにしないといけないんだろうなあと思っています。私はどっちも好きな人です。

  飲み屋さんっぽいとこでやってるほうは男の人がお酒飲んでるところに出てくるダンサーさん的なイメージなので、分類としては水商売に入るんだと思います。世間的にはいい言葉じゃないのは知ってますがそこにプライド注ぎ込んでる方たちなので、それを避けると逆に失礼な気がするのでここでは水商売って言葉を使いたいです。で、この水商売な感じの方のバーレスクがどんな感じかというと、「非日常の夢がここにある!!」って感じです。ほんとにキレイで素敵で楽しくて、たくさんの人が「良い」って思える世界が展開されてます。水商売の現場だから大したことないだろって決めてかかる人いると思うけど、というか私もそうだったけど、全然違うからね!すごく、いいよ!バックボーンにショービズ的な教養あってこそのものだってわかるし、何より品があるし、なんだろ今すごい偉そうなこと言ってるけどこれはお客さんとしての感想なんで許して下さい、とにかくとても素敵で、もちろん最後は女の人の半裸なのでそこでの判断はあるとは思うけどショー自体の良さがわからないなんて人は、きっといないと思うよ!もっといろんな人が見に行っていいと思うんだけど、あんまり知られてないっぽくてくやしいんです。場所としてはお酒飲む場所なので、ショーを見るのがメインなんじゃなくてお酒と雰囲気楽しんでるところにときどきショーが入る、みたいな。トルコ料理のレストランでときどきベリーダンサーが出てくるみたいな、そういう形式です。そういう感じだとお酒飲んでる中で横目でチラッと見るだけのお客さんもいたりするわけで、そうするどうなるかというと、ショーのどの瞬間をとってもショーとして完成されてる!ほんとに、つまんない瞬間がひとつもない!完全無欠か!ああ、これはお金払って見る価値あるわぁもっと見たーいってなるんだけど、お酒がメインの場所なので私みたいのがぼっちで行くと(精神的に)死ねます。ショーの合間のインターバルに何をしてたらいいものか……。場違いなのは分かってるんだけどね、でも素敵なものは見たいんです。お友達誘って行くんだったら、女同士とかでも大丈夫なところもいっぱいあります。

 さてここで、そういう素敵なダンサーさんたちはキレイであることが絶対条件なんだとか言い出すんだろ、って思った人いると思うんですけど、感覚としてはちょっと違います。あの場で問われてるのはそんな即物的なキレイさではなくて、女でショーを見せる者としてお客さんを説得する力があるか、みたいなものです。そしてその力の中に容姿も含まれる、みたいな。もし容姿だけを問うものだったとしたらもっと違う形態になってるんじゃないかな。でもやっぱり見て「キレイだー」って思う人ばかりで、それはその説得力として「女として人前に立つことに迷いがないこと」が必須になるので、必然的にもともとキレイな人が多くなるんんじゃないかなと思います。ほんとに迷いがないかどうかはわかんないですけど、少なくともお客さんの前ではそのように見えます。

 

 サブカルイベントっぽいほうのバーレスクの人には、うん、わかりやすいキレイさじゃない人もいます。スペースもお酒の場というよりライブハウスみたいなとこのほうが多くて、いやライブハウスも建前上はお酒の場ではあるんですけど、でももっとこうパフォーマンスを見る場として設定されてる感じがします。都市の孤独な観劇者だっけ、忘れたけど、劇場の客席には一人で行って見てアンケート書いて一人で帰るお客さんが結構いて、というか私はその一人なので、それに近い雰囲気を感じるので個人的にはサブカル系のイベントはとても気楽です。ぼっちで行っても全然大丈夫です。インターバルは少なめで、お笑いのコント公演みたいな。席も客席っぽい感じになってて、お客さんは横目じゃなくて正面から向かうことが多くて、出入りはできるけど一応はそれぞれのショーの頭から終わりまでずっと見続けることになります。そのせいかずっと見てないとわからないものもあるし、完成度すげー!っていうのはもちろんいっぱいあるけど「こんなのいいと思う人いるの?」みたいな感じがするものもあります。いるんですけど、結論から言うとそれをいいと思う人だっているのでいいんじゃないかな!って私は思います。そしてどちらかというと私はこっちのサブカルっぽいバーレスクを見に行くほうが好きです。
 水商売としてのバーレスクが「みんなが良いって思えるものだよ」って言った側からあれなんですけど、みんなが良いって言うわけじゃないものも好きになることはあるし、少なくとも私は数千円払うくらいには好きだからもっとやって!って思ってるので、実際そのようにして少ないながらもお金と時間を使ってイベントに通っています。ただ世の中の人全員が好きになるわけじゃないものを含んでるわけで、だからこそ「サブ」なんですけど、そこを共有しない人にとってはあんまり理解できないことだろうなあって思います。場合によっては水商売の場よりもっとクローズドな雰囲気になってるのかもしれません。でも、これこれ!私の!ツボきた!ど真ん中きた!っていうバーレスクが見られるのは、私の場合はこっちです。


 サブカル的なものって何でもそうですけど、自分にとってど真ん中に面白い!これだ!っていうのに出会うまでに、「なにこれ全く良さがわからない……」みたいなものをいくつも見ないといけないんですよね。でも当たり引いたときの喜びというかはほんと大きくて「これを見るために今まで生きてきました!!」みたいになって、なんだろ、ど真ん中感って自分では呼んでるんですけど、そういう感じでほんとギャンブルです。サブじゃないメジャーなもの、ハイカルチャーとかメインカルチャーとかとにかくそういう商業的に成立するものは間違いなくみんなが良いって言うもので、というかそうじゃなくちゃいけなくて、そしてお金出したリターンが確実で。だから安心して見に行けるし他の人にも勧められるなって思います。クオリティの高さゆえの確実さなんであって、そしてそれが選び抜かれた一握りの人にしか提供できないものなのだというのも理解しています。でも残念ながらバーレスクに限らずこれまで私個人に対して「ど真ん中です!!」みたいなのはサブカルに分類されるようなものばかりでした。別にみんながいいと言うものを全然いいと思わないわけではなく私なりにちゃんと楽しんではいるんですけど、でもど真ん中刺してくるのはいつもサブカル、みたいな。
 こういうこと言うと、変なものを好きな特別な自分って思われたいだけでしょ、って言われたりもするんですけど、美的感覚が鈍くて刺激のあるものに飛びついちゃうんでしょ、いいものを理解できない残念な人なのねとか、そういう感じになるんですけど、そんなクオリティ低そうなものがいいだなんて何か歪んでるんじゃない?みたいな言われ方しちゃうんですけど、でも人が何を面白いと思って何をつまらないと思うか、何を好きになって何を好きじゃないと思うかって、質の良し悪しとはまた違うとこにあると思うんですよね。質の良し悪しじゃなければ何なんだってなると思うんですけど、それが何なのかはよくわかりません。これはなんかもう、恋とかそういうのに近いような。何を面白いと思うか何を好きになるか、そういうのはみんな自分では選べないものなんじゃないかな。ほかの人がいいって言うから自分もそう思わないと、って私もいろいろ試してはみたけど結局無理で、理由はよくわかんないけど何か別のものを好きになっちゃったりするんです。だから別に人にわからないものがわかっちゃう私な選民仲間ごっこがしたいわけじゃないんです。そもそも一人で行くし。ついでに言うと必ずしもサブカル的なもの全てが質が悪いわけじゃないし。ただ確実さには欠けるので、まとめて質がどうかと言われれば良くないって答えるしかないんだと思います。


 メジャーとして成立するもののほうはみんなにわかる質の高さがあるし、そしてそういうもののほうが好きになる人の数ももちろんずっとずっと多いです。それこそ「追っかけのために仕事休んで北海道から沖縄まで!」みたいな、もうど真ん中刺されまくってますねみたいな人はいっぱいいるわけだし。仮に好きにならなくても見てて耐えられないなんてことはないし、少なくともあってはならないってことになってるからみんなが安心して見に行けます。みんなが見るってことはもちろんいいことで、そうやっていいものがたくさんの人に共有されるのは掛け値なしに素敵なことです。だけどたくさんの人じゃなくても、理由なくよくわからないものを好きになる人がいてもいいし、そして誰が何を好きになってどんなふうにお金使うかは自由だって思うんです。
 でもこういう、つまりは好みの問題が、レベルの高い低いで語れるものじゃないってことは誰も知ってることなんじゃないかと思います。すごい面白いから!絶対面白いから!って勧められて見に行った映画が非常にコメントしにくい仕上がりだったり、ミュージカル行ってめちゃめちゃ盛り上がってる自分の横で同行者が能面みたいな顔してたりなんて経験はそれなりにみんなしてるじゃないですか。ついこの前も私が辛くて悲しくてボッロボロに泣きながら見てるお芝居を後ろのお客さんが大爆笑して見てて呆然としたばかりです。クオリティ約束されたものだからと言って必ずしも全員のど真ん中刺せるわけじゃないしみんなが同じ反応なわけじゃないしって、それはもう、そういうものですよね。だから「これの何がいいんだろう」みたいな、良さのわかりにくい、というか他人には全く良く見えないようなもの、素人芸に近いようなものだったとしたって誰かの何かを刺しちゃうことだってあるんです。傍から見ればもっといいもの他にあるでしょってなるけど、でもそれはその受け取る側にも、そして差し出す側にも選べないものなんだと思います。そんな一部の人だけが楽しいものに意味あるの、って言われるかもしれないけど、でも私には意味があったんです。自分に刺さらなくてしかも質も高くなく見えるものなんて他人にとっては存在意義なんてゼロにしかならないけど、でも誰かにとって必要なものであるかもしれない可能性自体はゼロになったりはしないです。たぶんゼロだろこれ、ってなることはあるけど、でもないと言い切る必要は別にないです。だから問題は、必要ない人に届いちゃうのを避けることと、そしてそれに自分がどのくらいの時間とお金をかけるかってことだけであればいいと思います。私は自分に刺さるものに出会えるかもしれないという保険をかけて、全然わからないものにもお金を払ってサブカル的な場を買い支えてみています。もちろんこんなのはギャンブルなので誰にでも勧めたりはできませんが、でも私にはそれなりに割のいい賭けになっています。そうして、みんなにわかるものじゃないものであっても、好きだと思った人限定でそれが届けばそれでいいんだと思います。
 いきなりヲタっぽい話になって恐縮なんですけどこれはほかのほうのサブカルチャーもそうで、パソコンのゲームとかはそれ「みんな」に共有できませんよね絶対、みたいなのが結構あって、大手の企業が最初から関わるようなものはまた違うんですけど、そうじゃないとほんと自分たちの好きなことしかしてないな!っていうよくわかんないゲームばっかりだったりするんです。でもそういうよくわかんないのが欲しい人もそれなりの数いたりして、そういう人のところに欲しいものがちゃんと届くのは、私はいいことだなって思います。バッドエンドにこだわりすぎて幸せエンドがおざなりになってる恋愛ゲームとかあるんですけど、「そんなの誰が買うんだよ」ってなるんですけど、それはもう「私が買うんだよ!」ってだけの話なわけで、ついでに言うとその続編も素晴らしかったです。秀雄BADは金字塔です。ゲームはゾーニングされてるし体験版もあるし、納得せずにお金と時間費やしちゃう心配がないのでいいなと思います。

 

 ライブパフォーマンスは事前のお試しがないから見に行くまで何が見られるかわからなくて、しかもサブカルってなったら確実性なんてなくて、知らない人にとってはギャンブル以下にしかならないだろうと思います。だから水商売の現場のほうが確実さが約束されたバーレスクが見られるしクオリティ高いし、どっちが本物なのって言ったら絶対そっちなんだろうって思います。でもそうじゃないものも私は好きだしそれはそれでそれなりの存在意義はあって、だから素人みたいなのだったとしてもプレイヤー人口が増えてもっと層が厚くなったっていいんじゃないかって思います。それでいろんなお客さんが来ていろんな楽しみ方して、ときどきは「こういうのもいいかな」って思って違うのも見てみたりして、そうやってその人の人生の楽しみ方の選択肢が増えるかもしれないのでそれはそんな悪いことじゃないと思います。「選択に幅があるというのは豊かだということだ」というのはもやしもん8巻で読みましたし、そのように思います。すみません、ちょいちょいヲタっぽいネタ挟むのはふざけてるわけじゃなくてこれじゃないと伝わらないって自分で思ってるのと、あとこういうこと書いてPV増えてバーレスクに興味持ってくれる人も増えないかなって理由なので、しばらくこの感じが続きます。とにかく、本物見ないで「あーこれがバーレスクなのね」と思っちゃう人が出るのは困るけど、でもとりあえずこの前のでそういうことは起きなかったと思います。


 誰かが、1000人に一人くらいの趣味嗜好だったとしても1000万人都市に行けば1万人くらい同好の士がいる、だからみんなに合わせなくても大丈夫、みたいなことを言ってました。自分の作りたいものしか作ってないけど1000人に一人くらいは気に入って買ってくれる人いるんだよね、っていうのも聞いたことあります。だからこの1000人に一人ってキーワードにしようと思うんですけど、みんなに良さが伝わるもの以外のものを好きになっちゃう人って絶対出てきて、だから自分のやりたいことやってても好きになってくれる人がそれなりに出てくることはあると思うんです。それが多いか少ないかはとても大事な問題だけど、常に否定されなければいけないほどのものでもないんじゃないかな。私も、見た人全員にわかる良さを提供できないのは申し訳ないとは思ってるんですけど、でもこれはこれで選択肢の一つとしてぐらいだったらあってもいいんじゃないかと思うんです。
 だけどそれは趣味でしょ、お金もらう場所でやっていいと思ってんの、ってなりますよね。そこは、うん、どうしよっかなって思うところで、確かに残りの999人からお金もらって自分のことやるってのだけはだめだな、って思います。私の見て「なんでこんなのに金払わなきゃいけないんだ」ってなる人いたら、っていうかおそらくいらっしゃったんですけど、それはほんと申し訳ないと思ってるし、「こういうのをバーレスクっていうんだ、じゃあ今後は見なくていいや」ってなるお客さんが出たりしたら今いる皆さんに迷惑かけちゃうからそれだけはしたくないししちゃいけないし。でもそれを避けるためにみんなが気に入るものを作るつもりはあんまりなくて、だってそれは私じゃない人がやったほうがうまくいくのは分かってるから、だからどうするかというとたぶんフライヤーとか情報の出し方でお知らせするとかで、事前に工夫するしかないのかなあ。「趣味的なものやる人です」っていうの前面に出す感じにすれば不愉快に思う人も減るだろうか。ゾーニングってやつですけど、ほんとそれしか思い浮かばない……。
 そんな趣味的なものをお金のやり取りのある場でやること自体が間違ってるんじゃないか、っていうのはあると思うんですけど、でも私はほかの人のを見て「あなたのショーで私の何かが救われた!ありがとう!良かった!あなたがバーレスクやっててくれて良かった!好きじゃないって言う人のほうが多いと思うけど!」みたいなものにも出会ったし、だからほかの人の趣味的なものも見たいと思うし、少ないけど自分でもお金と時間使って見ています。だから私の作るものも見たいって言ってくれる人もそのうち出てくるんじゃないかな、って楽天的ではあるんですけど、でもそのように思っています。「こういう人には、きっと私がやらないとだめだ」みたいな感覚があるので、まだ見ぬその人に向けて作ったしこれからもそのように作ります。仮にみんなにわかってもらえるいいものを作れたとしてもその一人に響かなくなるんだったらそれは私にとってあまり意味がなくて、それだったらみんなを捨ててでも一人のほうだけを向きたいなって思います。もちろん「みんな」にも、私の1000人に一人のその人にも両方に届くというのが理想だけど、そんなことはおそらくこの世で起きたりしないでしょ。だからこれはもう、一生アマチュアであり続けることを自分に課しているということだ思います、仕事として成立なんてしないので。もちろんターゲットじゃない人にはいい迷惑なので、だからつまらないと思った人にはほんと申し訳ないしそれはほんとどうにかしたいと思ってます。でもど真ん中に気に入ってくれる人は1000人に一人だったとしても何かのついでだったら見てもいいぐらいの人はもうちょっといると思うし、クオリティさえ上がっていけば方向性自体があれでも許容できる人の範囲も広がるんじゃないかと思っています。だから許されるというわけじゃないけど許される場を探すとか作るとか、何とかして間違ってないやり方を見つけたいと思います。

 

 


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 ミュージカルもバレエもオペラも、バーレスクも含めてキレイなものを見たときは、「わーキレイだー、素敵だー」ってもちろんなります。なるんですけど、帰りの電車とか翌日とかになると、世界は私を残して動いていく感、私が関わらないほうが世の中はうまくいくのだ感を覚えます。私がキレイなものに触れることはできませんから。サブカルっぽい場所にはキレイなのもそうじゃないのもあって、ついでに言うとその全てが好きになるわけでもなくて、でもそれなりの頻度で「ど真ん中」に出会えます。そして出会えたときは、「私も!あの人も!生きてる!いま生きてる!え、これ来月もやるの?じゃあ来月まで生きる!!」ってなります。なったので、今も生きてるしたぶんもうちょっと生きるんだと思います。そういう生かしてくれてるものはそれだけじゃなくてエヴァンゲリオン新劇場版終わるまでは死ねないみたいなのがいくつもあるんですけど、あのこれほんとふざけてるわけじゃないんです私にはこれじゃないと伝わらないんです、でもとにかくそういうものの中のひとつがバーレスクであったりもします。私はあの客席に座ったおかげでこの世界に生きる余地が自分にもあるかもって、錯覚かもしれないけど思うことができています。他にもそういう生きるのあれな人いるっているんじゃないかと思うので、というかいると確信はしてまして、だから自分でお話作って見せて、そうやってそういう人に会いに行きたいなって思うのです。ただどうやってアプローチするのかは課題なんですけど、だって1000人に一人ですから、だけどその1000人に一人を拾い出したら、「ねえ知ってた?私もあなたも生きてていいんだって!」って言ってハグをして、そうやって1万人に会うんです。

 そんなもののためにバーレスクの名前を使うな、というのは確かにそうかもと思うところはあって、こんな素人芸と一緒にされたら困るだろうと思います。でもそれは本物を見たことない人がそうなっちゃうだけで、本物見てどっちがいいか悪いかわからない人なんていないので大丈夫だと思います。名前の付け方が間違ってるのかもしれないですけど、脱ぐと伝わる話ばかりが浮かんでくるので分類としてはやっぱりバーレスクなんじゃないかなあ……。なんだろう、「ドラマティック脱衣アマチュア芸人」とか名乗るといいんだろうか。多くの人にとってお金取れるレベルじゃないものだというのはきっとその通りで、でもそれなりに気に入ってくれる人も中にはいると思うし、というかいたし、そしてその人たちが見る目がないから私のをいいと思ったとかじゃなくて、ただ何となくそれなりにまあまあ気に入った、そのぐらいのものであっても私には尊いです。だから誰もがいいと思えるものが作れなかったとしても、大きくは間違ってはいるけど小さくは間違ってないと思うんです。クオリティだけは上げていきたい、というか必ず上げていくけども、路線自体はこのままで。私が見せたいあの人のために。これをお仲間作りって言われちゃうとほんと辛いんですけど、たとえあなたに不要なものであったとしても、私の作るものが必要になる人はいるんです。まだ会えてないですけど。だからほんとに、見たくない人に届けないように、少なくともうっかりお金出させたりしないようにして、そして見たい、見せたい人に会いに行く方法を考えないとな、ってこれが今一番の、そして恐らく今後ずっと抱えていくであろう課題です。

 

 

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